中国の報道:日本の太地町は中国の水族館から異常に高額な注文を受けイルカを殺し続ける

※訳者コメント:
今年2018年3月29日の報道です。
中国の人は実にストレートですね。
表現の為には自国の恥を晒すのも厭わない潔さには心地よいものを感じます。

日本太地町:收获中国水族馆天价订单,继续猎杀海豚

日本の太地町:中国の水族館から異常に高額な注文を受けイルカを殺し続ける

ジャパンタイムズの報道に依ると、オスカー賞受賞の『ザ・コーヴ』は多くの人にここ日本和歌山県の太地町を地球で一番有名な捕鯨の場としてまた、ここでイルカが残忍に殺害される場として知らしめた。9年後人々の怒りが徐々に収まり関心も徐々に薄れ、抗議をする人たちも徐々に少なくなった頃、太地町の者たちは蠢動を開始し彼らはイルカやクジラを捕獲することを継続そして、太地町を一つの世界一のイルカプールにしようと企てた。最も重要なのは太地町と中国水族館が日本円にして15億の契約を結んだ事である。

写真は太地町のイルカ屠殺の様子

抗議の矢面に立つ太地町

ドキュメンタリー『ザ・コーヴ』が全地球に公開された後、太地町は国際社会から強烈な糾弾を受け、大量の外国人が太地町に抗議に来、イルカ猟の漁民は「あの頃は狂ったようだった。我々は何が起きたのか全く知らなかった。」と回想する。通勤途中十数人の抗議の者たちが彼らの車を取り囲み下車するように迫り警察がそこに来るまでの30分間に渡り抗議した。これらの者たちは更に十字架とドクロの巨大な旗を振りながら子どもたちの通学路でクジラやイルカの血みどろの屠殺写真を展示していた。

写真は民衆が太地町で抗議する様子

現在、抗議の者たちは基本的にここでの活動を停止している。太地町はずっと国際社会から批難され蔑まされ、去年太地町市長と数人の役人がフェロー諸島の一つクラクスヴィークに訪れた。ここは毎年盛大に捕鯨活動をしている所である。2つの都市は商業、観光、文化と教育、密接な交流を強化するため協定を結んだ。国際世論の叱責下太地町はここに慰めを試みたのだ。

写真はフェロー諸島の捕鯨活動の様子

中国との契約を得る

太地町長は
「私の目標は太地町を世界規模のイルカとクジラの研究センターにすることだ。ここのクジラとイルカは私達にとって唯一の天然資源であり、私達は将来も彼らに頼り続ける。」
太地町と中国の水族館は既に日本円にして15億の契約を結んだ。5年間で太地町は中国にどのようにイルカを養い訓練するかを中国人トレーナーに教え、太地町当地での指導・訓練を受け入れる。

写真は太地町

下降する生産高

太地町の計画は都市をイルカとクジラの研究センターにすることであり、当地の湾を徐々に一つのイルカプールにしようとしている。ここはニューヨークの基本的なスタジアムの二倍の面積で太地町は既に全ての船舶を片付け、湾に400メートルの網を設置している。同時に太地町周囲の海洋環境も巨大な変化が現れ、大量のプランクトン、魚類は黒潮の影響を受け全ての漁獲活動が困難になっている。

太地町の漁民たちが出港前に暖を取る様子

日本水産庁によると2015年太地町は日本の捕獲量の三分の一相当の891匹のイルカと小型クジラを捕獲した。太地町は今の所基礎施設を全て所有しており、老人施設から教育センター、全てイルカと動物園または水族館の収入から得ている。

太地町の漁民が出港しイルカを探す様子

太地町に平安が戻る

太地町当地の住人は今の所専門の警察と海洋警察庁に保護され、同時に日本の入国管理局と警察が外国の抗議の者たちを阻止している。先月数十名のイルカ猟を支持する自民党の若者たちが太地町に招致され2日に渡り会議をし、海外の干渉を受けないよう護ると誓った。当地では彼らにクジラの唐揚げやベーコン、イルカ肉の油炒め等豊富な美食を提供した。これら自民党党員達は酒を飲みながら「我々は必ず外国の活動家達を太地町から追い出す。」と話した。

イルカ猟の漁民と永く捕鯨をやっている漁民はこう話す。
「太地町は巨大だ。なぜなら一人一人が密接に団結しているからだ。」彼は既に故人となった父親に一礼し「自分は一生捕鯨をやる。何の後悔もない。」この漁民の家族は捕鯨民の後代で数百年前彼らの先祖が小舟を漕ぎながら海上にて追い込み漁をやっていた。当地の神社の中には石碑が太地町の経歴の困難を証している。百年前の壊滅的な津波、大火事、大きな台風で捕鯨船の殆どが破壊されてしまったこと、第二次世界大戦にアメリカの潜水艇が捕鯨船を破壊したこと。これらを見て彼らは「太地町危機に晒されて来た。但し、これらは過去のことだ。」

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